大正6年に発行された絵地図。「職人の町」としての五十目がうかがえます。
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 江戸時代後期、寺子屋で使った教科書のひとつに「秋田往来」があります。

 これには羽州街道をたどり、秋田藩内の村や町の様子が紹介され、五十目(現在の五城目)の記述は、城下の久保田より詳しく書かれています。そして、その部分を読むと、在郷町の町並みから商売、諸職が分かり、ますます、「職人の町」としての五十目が浮かび上がってきます。

 五十目の部分に出てくる、職人を抜き出してみると、「木挽、仕立物、傘張、塗物、料理人、染屋、桶屋、下駄屋、足駄屋、鍋屋、酒杜氏、煙管張、石切、織物、壁塗、髪結、土瓦、鍛冶、鋳物師、硝子細工、椛銅卵、大工、櫛挽き、餅屋、畳刺、額剃、鍋の鋳懸、竹輪懸屋、箔引、羽針屋」などがあります。

 今よりも、多種多様な職人がいて、働き、久保田以上の「ものづくり」の町であったことがうかがえます。

 時代は移り変わっても「職人」の心意気と技は変わることなく、脈々と受け継がれ、逸品と呼ぶにふさわしい品々をつくりだし続けています。